ピカソの人生と代表作のすべて キュビズムを創始したスペインの天才!

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こんにちは!絵画をたしなむを運営する
黒沼です。

 

数々の有名画家で
「天才天才ってなぜ天才と呼ばれているの?」

って思う人物たまにいますよね。

 

なんでだろう?
そんな疑問を抱いたことありますか?

写実的に描かれた絵は、
上手!綺麗!超絶技巧!

とわかりやすいですが、抽象絵画などの
少し形を崩した絵画は

 

「どこがいいの?なんで高いの?」
と疑問を持つことも多いはず。

 

今回は世界中から愛された
天才画家『ピカソ』のお話です!

 

見たまま描いた写実的な絵とは違うけど
ピカソはどういう風にすごいの?

そんな疑問を少しでも
解消できたらと思います!

 

 

ピカソの生涯、生まれながらにしての天才が行き着いた絵画

ピカソは1900年代前半から後半にかけて
活躍したスペインの芸術家です。

キュビズムと呼ばれる芸術動向の
創始者としても知られています。

 

ピカソは自分の名前を名乗るとき
パブロ・ピカソと名乗っていました。

これはピカソの名前として
一般的に知られている名前ですね。

実はフルネームはもっと長く、

 

Pablo Diego José Francisco de Paula Juan Nepomuceno María de los Remedios Ciprin Cipriano de la Santísima Trinidad Ruiz y Picasso

(パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ファン・ネポムセーノ・マリア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンティシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ)

 

という名で、それぞれの単語に
色々意味があるみたいです。

日本でいうところの『じゅげむ』ですね!

ピカソは生涯自分の名前をフルネームで
覚えられなかったそうです。笑

 

ピカソは1881年
スペイン南部アンダルシア地方で生まれました。

父親であるドン・ホセは美術館の学芸員や
美術の教師をしながら
画家としても活動していました。

 

しかし、8歳のピカソが描いたデッサンにより
画家の道を諦めたという逸話があります。

 

レオナルドダヴィンチにも
似たようなエピソードがあり、

師匠がダヴィンチの絵を見て画家を諦めた
という話があります。

ダヴィンチについて詳しくはコチラ

万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチの逸話や有名作品を解説

2018.06.10

 

8歳の頃の絵ですでに
ほとんど完成されていたデッサン力ですが、

15歳の頃に書き上げた大作でさらに
類稀なる画力を身につけていました。

 

ピカソは16歳の頃には国主催の展覧会で
賞を獲得し、その後数々の賞を獲得。

そしてマドリードにある
美術アカデミーに通い始めます。

 

しかし、学校では
学ぶことがないと感じ中退、

そしてそこからは独学で模写をしたり
と絵の勉強を始めました

 

青の時代

ピカソには代表的な画風がいくつかあり、
その当時のピカソの気持ちや出来事が
作品に反映しています。

10代後半の作風は青の時代と呼ばれ、
暗く青い沈んだ絵ばかりを描いていました。

きっかけは親友の自殺でした。

ピカソの青の時代は死や孤独、闇を
表現した暗い時代でした。

障害者や乞食、娼婦などを
多く描いたと言われています。

 

代表的な作品には若かりし頃の
自画像がありますね。

目が落ち窪んでいて、
どこかしら暗い印象を受けます。

バラ色の時代

 

20代半ばに入るとそれまでとは正反対に
明るいエネルギッシュな絵ばかりの絵が
かかれるようになり

バラ色の時代(桃色の時代)
と呼ばれました。

 

きっかけは初めて恋人ができたから
と言われています!

夢や希望の感じられる作品で、
サーカスなどを描いています。

 

ピカソは後々多くの愛人とスキャンダル
でも知られるようになりますが、

初恋人ができてウキウキな絵を
描くような初々しい頃もあったんですね!

 

ピカソの20代後半、革新的な
キュビズム作品が登場しました。

当時はキュビズムの作品は酷評でした。

のちのち斬新で革新的な芸術作品だと
評価されるようになりました。

 

 

キュビズムなど多彩な表現へ

晩年に向かっていくにつれて作品は
自由に、よりカラフルになっていきました。

これまでの絵の集大成のようなものでしたが
当時ではあまり世間からは
評価されなかったようです。

 

『しゃがむ女』などが代表的な作品です。

 

これらの作品はピカソの死後、
革新的な作品として
現在の評価を得るようになりました。

 

 

ピカソ本人は

やっと子供らしい絵を
描くことができるようになった

と満足していたようです。

 

 

Guinness Bookに登録されるほどの膨大な作品の数!代表作品を徹底解説

 

ピカソは生涯で約1万3500点の油絵と素描
10万点の版画、3万4000点の挿絵
300点の彫刻と陶器を制作したと言われます。

これはギネスブックにも記されています!

 

才能もスゴイですが、
芸術に対する意欲もスゴイ! !

 

ピカソ代表的な作品を
紹介していきたいと思います。

 

 

初期の作品


『科学と慈愛』

16歳の時の作品。
圧倒的な画力を見せつけた作品です。

死の床にある女性をその子供、
修道女と医師が見守っている作品で

 

医者が『科学』、修道女が『慈愛』
表しています。

 

青の時代の作品

『人生(ラ・ヴィ)』

1903年の作品。
自殺した親友カサヘマスを描いた作品です。

 

カサヘマスを描いた作品は他にも
幾つかありどれも暗く青い作品です。

 

バラ色の時代

『サルタンバンクの家族』

 

1905年の作品
サーカス芸人一家を描いた作品です。

 

この頃から作品が売れていきます。

 

 

キュビズムの作品

『アヴィニョンの娘たち』

1907年の作品。

絵画の歴史に革命を起こした
と言われるキュビズムの初期の作品

 

旧来の遠近法を排除し
立体を平面化した技法

この作品を境に子供の落書きのような
よくわからない絵になっていきます。

 

晩年の作品

『泣く女』

1937年の作品です。
一度は目にしたことがあると思います。

感情をあらわにした女性が印象的な
キュビズム的なで、カラフルな作品です。

 

のちの『ゲルニカ』のための習作として
描かれたものです。

 

『ゲルニカ』

1937年の作品
歴史の一ページとして
大変有名なピカソ晩年の作品。

この絵は1937年のドイツ軍による
バスク地方の古都ゲルニカを爆撃
に対し

ピカソの抗議として描かれました。

 

パリでゲルニカ空爆の一報を受けたピカソは、
パリ万博で飾るため他の絵を制作中でしたが、
急遽のこのゲルニカに転換。

短期間に膨大なスケッチを積み重ね、
練り上げて描かれました。

 

戦争だけでなく闘牛や幼児虐殺などが
描き込まれていることから描

人間の愚かな残酷さ
表現していると思われます。

 

 

 

ピカソのスゴさって?最も裕福な芸術家の生きた世界

ピカソは8歳位の頃から徐々に頭角を現し、
当時の絵を見て父親が筆を置いたほどの
実力を発揮します。

数々の美術賞を獲得しメキメキと
才能を伸ばしていき
独学で芸術にのめり込んで行きました。

 

しかし、ピカソの凄さは
新しい絵画の世界を切り開いた
というところにあります。

 

ジョルジュ・ブラックとともに
キュビズムという絵画様式を生み出しました。

[西洋美術史]ピカソやブラックなどキュビズムの有名作品を解説

2018.01.06

 

 

キュビズム

キュビズムとは

人や自然の立体的な風景を全て
複数の視点から見た幾何学的な形で捉え

平面にそのまま表す様式です。

 

描かれているそれぞれの構成要素が
立方体(キューブ)のように見えることから

キュビズムと呼ばれています。

 

簡単に言うと三次元の物体をそのまま
二次元に展開しようとする試み
です。

 

ピカソのキュビズム作品で代表的な作品

『アビニヨンの娘たち』

キュビズムは旧来の遠近法に縛られた絵画
を破壊し、全く新しい道を切り開きました。

実は、キュビズムの元になった考え方は
近代絵画の父とも呼ばれるポール・セザンヌ
が編み出した手法で

ピカソはセザンヌが編み出したその手法を

極限まで推し進め、
画面全体を覆うような
平面での立体表現
というのを生み出しました。

 

ピカソの活躍した20世紀初頭は
アートバブルの真っ只中で

アートがビジネスとして
見られるようになっていった時代
でした。

 

そして最先端の革新的な絵画
手がけたピカソは

多くの投資家やコレクターに
作品が買われていきました。

 

ピカソは生前に最も稼いだ画家でした。

 

そのため、ゴッホのように
貧困の中絵にしがみつくような画家
ではなく、

 

お金に余裕のある中制作に没頭できる
環境
であったため

キュビズム作品という売れるかどうかを
全く考えないで、純粋に表現を
突き詰めた作品

を生み出すことができた
と言われています!!

 

ピカソの人生

ピカソは芸術家の代表のような、
感情豊かな人生を送っていました。

その時代の出来事で、暗い作品になったり、
明るい作品になったりと

 

すごく素直な感情で作品を
制作していたんですね!

ピカソにはたくさん愛人がいた
など色恋のエピソードも数多くあり、

 

思うまま自由に生きていた様が
芸術作品にすごく表れています。

 

作品を通してピカソという人物が
見えてくるようですね!

こういう芸術作品は見ていて
とても面白いし心に強く残ります。

 

絵画や芸術作品を鑑賞するときに
その画家、作家のエピソードなども見ると

もっと楽しめるんじゃないかと思います!

 

 

↓西洋美術史についてはコチラ↓

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